1. 太田 光彦さん

自分のプロダクトで世界を変えたい

エンジニア

太田 光彦さん

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  • まずはじめに、太田さんとプログラミングとの出会いについて教えてください。

    はじめてコードを書いたのは、大学4年生のときです。それまでは、大学の情報学科で理論的な授業を中心に受講していました。
    もともと、プログラミングを使ってなにかを作りたいと思ったのは高校生の頃まで遡ります。僕は『ラブプラス』や『ときめきメモリアル』などの恋愛シミュレーションゲームが大好きだったんです。
    ただ、ゲームって終わったあとの喪失感が強くて「悲しいな」と。そこで、自分の力で自分が好きなようにゲームを作りたいと考えるようになり、情報系の大学に進学しました。
    大学生のときに実際に書いていたのはC言語でしたが、その後Rubyや機械学習の勉強のためにPythonなんかも書いていました。すべて独学で学び、ひたすらコードを書くという学生時代でした。

  • 独学にも関わらず、多くの言語を習得していったんですね。

    そうですね。最初はC言語を学んでいましたが、画面をひとつ動かすだけでもコマンドを動かさなくてはならないので、だんだんとほかの言語を学びたいと感じるようになっていました。
    そこでRubyに、さらに半年ほど経ったときには機械学習について興味が湧いていたのでPythonを勉強しました。
    当時、僕がPythonを学びはじめた頃は、今ほど人気がある言語ではありませんでした。機械学習の存在もメジャーではなかったので、ソフトウェアライブラリもほとんどない状況でした。
    ただ、早い時期からPythonを学んでいたことで、後に就職する企業ではすごく重宝されるスキルになっていたと思っています。

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  • 大学卒業後は、大学院に進学されていますね。

    はい。関西で「情報」と「経営」について横断的に学び両方の修士号を取得できる大学院へ進学し3年間通っていました。
    研究室ではマーケティングチャットボットを制作して、効果やビジネスインパクトなどを測定し研究していました。
    進学当時からいつか会社を立ち上げたいと思っていたので、情報と経営を掛け合わせた研究がしたいと思っていたんです。そこで、研究室に提案をしてチャットボットの制作に取りかかりました。
    なにもわからないゼロの状態から実装までをこなしていたので、当時を振り返るとすごく有意義な時間でした。

  • 3年間の大学院生活を終えた後は、どのようなキャリア選択をしたのですか?

    新卒では、SIerに就職してシステムエンジニアとして働いていました。
    本当は、学生時代からの趣味だったゲーム開発や機械学習などに携わりたいと思っていたのですが、とりあえずは「両親に安心してもらうために」名の知れた大企業に勤めようと思っての決断です。
    自分が本当にやりたいことは趣味として続けながら、仕事ではモバイル開発やWindowsの業務アプリケーションなどを開発していました。
    僕が働いていた部署では、研究所で開発した技術を実用化するために音声認識で検索できるテレビの開発を行っていました。プロジェクトにはPythonが書けるエンジニアが必要ということでいい巡り合わせがあり、プロジェクトに関わらせてもらったりしていました。

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  • 1社目では大企業で働いていましたが、1年で退職しベンチャー企業に挑戦されていますね。

    大学の研究室のメンバーがAIベンチャーを立ち上げ、誘われてジョインしました。趣味として続けていたAIやゲームの開発を仕事にすることになりました。
    そのベンチャー企業ではリードエンジニアとして参画し、サーバーサイドからフロントエンド、データベースなど、関われる領域にはすべて関わっていましたね。
    当時は、知識も経験もほとんど持ち合わせていない状態でしたが、ゼロから独学しながら携わるうちにだんだんと習得していきました。

  • ちなみに、そのときに作っていたゲームというのは……?

    僕がすごく影響を受けた恋愛シミュレーションゲームのシリーズのひとつ『ときめきメモリアル』を進化させた、いわば最強の『ときめきメモリアル』です。
    人に寄り添って日々の癒しになるようなプロダクトが作りたかったので、AI・VR・MRなどの先端技術を盛り込んで開発していました。
    とくにMRの技術は日本に上陸したばかりの頃だったので、そもそも日本語が使えないということなどもあり苦労が多かったです。

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  • ベンチャー企業を経て、東京のIT企業で改めてキャリアを積むことを決断されました。

    そうですね。今後の計画やプロダクトの方向性など行き詰まってしまったので、別のキャリアを検討していたときにCodeCampGATEに出会いました。
    当時、僕は滋賀県に住んでいたので、オンラインでプログラミングの学び直しができ、東京への転職の支援が受けられるという環境がありがたかったです。

  • 初めて、独学ではない方法でプログラミングを学習してみてどうでしたか?

    これまでは、全て独学でコードを書いてきたので、現役のエンジニア講師の方からコードの良し悪しを判断してもらえる指導はとても助かりました。
    独学で勉強し続けてしまうと、業界的にはアンチパターンと呼ばれる書き方をしてしまっていたり、トレンドの書き方を取り入れられていなかったりするんです。
    CodeCampGATEの講師の方は現役でエンジニアとして活躍されているので、読みやすいソースコードや書き方の作法などを熟知しています。そういった、実務で役立つ内容をマンツーマンで指導してもらえたことで多くの学びがありました。
    エンジニアの仕事は、本来チームで開発を行います。ところが、僕はこれまで誰かにコードを見てもらえる経験がありませんでした。
    書いたコードをレビューしてもらえて、しかも、実務経験が豊富な講師の方に相談できるのはCodeCampGATEの魅力だと思います。

  • 東京で就職先を探す際の支援もさせていただきました。実際に支援を受けてみていかがでしたか?

    まず、学習カリキュラムを終えてからエージェントさんから提案してもらった就職先候補のラインナップを見て、とにかく驚きました(笑)
    自分で就職活動をしていても、なかなかご縁がなさそうな大手のIT企業を多くご紹介していただけたんです。
    僕が出した、交流会や勉強会が頻繁に行われる「東京に出たい」といった具体的な要望から、「おしゃれな企業がいい」といったミーハー心があふれる要望まで踏まえて相談に乗ってくれたので、嬉しかったですね。
    紹介していただいた企業から何社か内定をいただいたのですが、最終的には自分の希望に一番近い六本木にある大手IT企業に入社することを決めました。
    キャリアアドバイザーの方はとても話しやすく信頼できる方だったので、プログラムが修了した今でもときどき連絡して相談に乗ってもらうことがあります。
    もしまた転職を考える機会があれば、迷わずCodeCampGATEに相談すると思います。

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  • それでは最後に、これから太田さんが抱いている夢を教えてください。

    僕は、自分が開発したプロダクトで世界を変えたいと思っています。
    これまで手がけてきたエンジニアとしての仕事は裏方の仕事が多かったですし、社長や企業のネームバリューに頼って仕事をさせてもらっていました。
    これからは自分自身の名前で勝負をして、どんなかたちであれ社会にインパクトを残せるようになりたいです。
    とくに、「コミュニケーションの選択肢を増やす」ことや「コミュニケーションの形を変える」ことは、今後プログラミングを通して叶えたい夢のひとつです。
    どんな人でも、話をする相手が増えると社会との繋がりが豊かになります。人は人であるがゆえに弱さがあり、それを受け止めてあげられるようなパーソナルエージェントを増やしていきたい。
    家族や友人、会社、インターネット上などにとどまっているコミュニケーションの選択肢を、機械やシステムを使って増やしていきたいと考えています。最初はオタクの層を意識して開発を進めることになると思いますが、一般にも広がっていくという自信を持っています。
    『ときめきメモリアル』との出会いで僕の人生がガラッと変わったように、プログラミングの力を使って、ほかの誰かの生活をガラリと変えていきたいですね。

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